『マイマイ新子と千年の魔法』感想|喪失を乗り越える子どもの想像力

片渕須直監督の『マイマイ新子と千年の魔法』を観ました。公開当初は観客動員が振るわず苦しんだものの、映画を観た人が署名活動を行うなどして徐々に評判が高まり、最終的には1年のロングランを達成した「人々に愛された映画」です。

私は三鷹市で行われている三鷹コミュニティシネマ映画祭の片渕須直監督特集で『アリーテ姫』とともに初めて鑑賞しました。上映後には片渕監督のトークショーもあったので、その内容も交えながら映画のあらすじ、感想、制作背景などについて紹介します。

※感想にはネタバレを含みます。まだ映画を観ていない方は「感想」以外の項目をお読みください。

▼片渕須直監督の最新作『この世界の片隅に』の感想はこちら

マイマイ新子と千年の魔法|感想

以下、マイマイ新子の感想です。ネタバレを含みますのでご注意ください。

喪失(別れ)を乗り越える想像力

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『マイマイ新子と千年の魔法』は、現実と空想の境界線が曖昧な子ども目線で見た世界を描いています。

かつてこの地にあったといわれる千年前の町とそこに生きる平安時代のお姫様(諾子:清少納言の少女時代)の生活が、新子たちが生きる昭和30年代と同じように生き生きとしたアニメーションで表現されます。現実に見えている風景に重なるようにして平安の人々の姿が唐突に現れ、町が広がり、映画を見ている間、私は現実と空想が未分化だった子ども時代を文字通り再び経験しているような感覚を覚えました。

空想の世界で一人の少女を誕生させてしまうほどの力を持つ新子の想像力の源泉は、タイトルにもなっているつむじの方言であるマイマイ。マイマイから湯水のように湧き出てくる新子の想像力は、映画の中で子どもたちが経験する喪失を乗り越える原動力にもなります。ここでいう喪失とは大切な人との別れ=死です。

名前まで付けて世話していた金魚の死、母親を亡くした少女貴伊子、警察官の父親が自殺してしまうタツヨシ、一緒に遊んで過ごすはずだった同い年の少女を亡くし、出会うことすら叶わなかった諾子(なぎこ)。人生における重大事である大切な存在との別れは特に子どもにとっては理不尽で理解しがたいものです。大人でさえ明確な意味づけをすることが困難な「死」に対し、この映画に出てくる子どもたちはしかし真正面から向き合い乗り越えていきます。

終盤、貴伊子は夢の中でマイマイを手に入れ、これまで新子にしか見えなかった諾子の姿を目にします。「想像力の獲得」を契機として、貴伊子はおぼろげだった母親の人となりを身近に感じられるようになり、彼女の死を受け入れます。新子の想像力が貴伊子に伝染し、彼女の抱えた喪失を癒し前に進ませたのです。

タツヨシの父ちゃんも、貴伊子のお母さんも、うちらが忘れんかったらいつまでもここにおるよ。

映画のラストでは新子の空想の「素」になる様々な話を聞かせてくれた祖父が亡くなり、新子もまた新たな土地へと越していきます。貴伊子は涙ではなく笑顔で新子を見送ります。想像力は人から人へと受け継がれ、新たな人生を歩む力となり、想像の翼を広げることで人は困難を乗り越えていく。

この映画はそんな、想像することの力を思い起こさせてくれる作品だと思います。空想が現実と混ざり合っていた子ども時代の記憶をみずみずしく蘇らせてくれる本作は、子どもはもちろん大人にも全力でおすすめしたい一作です。

原作・キャスト・音楽

原作は高樹のぶ子の「マイマイ新子」

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映画の原作は芥川賞作家・高樹のぶ子が自身の少女時代をモデルにして描いた小説『マイマイ新子』です。もともとは雑誌クロワッサンに連載されていました。

ちなみに、原作には映画に出てくる千年前の平安時代のパートが一切出てきません。片渕須直監督は『アリーテ姫』でも原作の思い切った改変をしていますが、本領発揮というところでしょうか。私は原作未読だったので、この事実を知ったときは驚きました。

三鷹コミュニティシネマ映画祭のトークショーで片渕監督が語ったところによると、原作者である高樹のぶ子に原作からの改変について明確な形での了承は得ていなかったとのこと。諾子のキャラクターを説明した際、高樹に「新子そのままじゃないですか」と言われ、そのことをもって「間接的に了承は得た」と理解したそうです(笑)

監督は片渕須直

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『マイマイ新子と千年の魔法』の監督は片渕須直。『この世界の片隅に』で一般に広く知られるようになりましたが、これまでにも多くのアニメ作品の制作に携わってきました。

『マイマイ新子と千年の魔法』は、『アリーテ姫』に続いて片渕監督にとって2作目の長編アニメ映画となります。

本作は当初観客動員が振るいませんでしたが、映画を観て感動した人々が映画館に呼びかけるなどしてロングランを達成しました。片渕監督自身も自らメイキング・オブ・マイマイ新子というブログで本作の制作背景などを紹介するなど積極的に映画の宣伝に努めました。

最新作の『この世界の片隅に』でも、Twitterをフルに活用し全力で映画のアピールをしています。

監督の以下のツイートなどを見ると、制作資金を集めるのに大きなお金を必要とする映画作りにおいて過去作の実績がとても重要になることを思い知らされます。

片渕須直監督の過去作品などについては以下のページで紹介しているのでこちらも参照してください。

キャスト

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主人公青木新子の声を演じるのは女優の福田麻由子。東京から越してくる島津貴伊子役は水沢奈子(2013年に芸能界を引退)。

千年前の町に住む少女、諾子(なぎこ)役は森迫永依。2006年の実写版『ちびまる子ちゃん』でまる子を演じてブレイクしました。

他には新子の母親、青木長子役を女優の本上まなみ、新子の祖父青木小太郎役を声優の野田圭一、新子の妹青木光子を子役の松元環季(現在活動休止中)が演じています。

映画には、新子、貴伊子以外にも多くの子どもたちが出てきますが、みな自然な演技で驚かされます。片渕監督はトークショーで「作品中の年齢よりも少し上の子たちを声優に起用した」と語っていました。

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劇中音楽はMinako “mooki” Obataのスキャット

劇中音楽は、シンガー・ソングライターのMinako “mooki” Obata のアカペラの多重録音によるスキャット。片渕須直監督の熱烈なリクエストにより実現しました。

mookiのスキャットを作曲家村井秀清が管弦楽と組み合わせ、声と演奏が溶け合ったやさしい印象の音楽が映画を彩っています。

▼『マイマイ新子と千年の魔法』のサウンドトラックはこちら

主題歌はコトリンゴの「こどものせかい」

エンドロールで流れる主題歌の「こどものせかい」を歌うのはシンガーソングライターのコトリンゴ。ボストンのバークリー音楽院を卒業後、2006年にデビュー。2013年からはKIRINJI(キリンジ)に参加しています。

2016年公開の片渕須直監督最新作『この世界の片隅に』の音楽も担当しています。

▼「この世界の片隅に」のサントラについては以下の記事にまとめてあります。

マイマイ新子のために書き下ろした「こどものせかい」は、アルバム「trick & tweet」に収録されています。

制作スタジオはマッドハウス

『マイマイ新子と千年の魔法』の制作スタジオはマッドハウス

りんたろう監督の『幻魔大戦』や『メトロポリス』、今敏監督『千年女優』、『東京ゴッドファーザーズ』、『パプリカ』、細田守監督の『時をかける少女』、『サマーウォーズ』、『おおかみこどもの雨と雪』など、多くの劇場公開用アニメーション映画を制作しています。

『マイマイ新子』から『この世界の片隅に』へ

私は片渕監督の最新作『この世界の片隅に』を『マイマイ新子』よりも先に観たのですが、どちらの作品も主人公が想像力豊かであるという点で共通していると思います(『アリーテ姫』の主人公も想像力豊かな少女です)。

また、『マイマイ新子』の舞台である昭和30年代は、戦後の復興から高度経済成長に向けて走り出そうとする時代。『この世界の片隅に』の後の時代を描いています。「この世界」の主人公すずは1925年(大正14年)生まれなので、「マイマイ新子」の時代には30代。新子のお母さんと同年代でしょうか。

私は『この世界の片隅に』に打ちのめされた後だったので、それほど大きな期待はしていなかったのですが、『マイマイ新子』もこれまた素晴らしい傑作でした。『この世界の片隅に』をご覧になって、片渕監督の過去作にも興味を持たれた方は必見です。

マイマイ新子と千年の魔法|あらすじ

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『マイマイ新子と千年の魔法』の舞台は昭和30年の山口県防府市国衙。主人公は自然豊かな土地で両親、妹、祖父母と暮らす空想好きな小学3年生の少女、新子です。

新子は東京から越してきた貴伊子と出会い、お互いの家を行き来するうちに二人は親しくなります。引っ込み思案だった貴伊子は新子に導かれるようにして新しい環境に徐々に慣れていき、シゲルやタツヨシといった小学校の友達とも遊ぶように。

ある日、新子たちは小川の流れをせき止めダム池を作りそこにやってきた金魚に大好きな女性教師と同じ「ひづる」という名前をつけますが・・・。

ブルーレイには特典映像に加えて『この世界の片隅に』のパイロットフィルムやクラウドファンディング支援者イベント版の冒頭エピソード『冬の記憶』(音声なし/字幕)なども収録されています。

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▼『この世界の片隅に』のオリジナル・サウンドトラックの紹介。

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