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主夫のブログ。育児、映画、展覧会、バスケetc

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「主夫やってる」と言ったらさらっとヒモ呼ばわりされるというよくある話。

   

妻の妊娠を機に会社を辞め、それ以来、主夫として生活しているかつかつ主夫です。

日々充実感と満足を感じながらの主夫生活ですが、人にはなかなか理解されません。たまに会う人に「今なにしてるの?」と聞かれて「仕事辞めて主夫やってるよ」と答えるとぽかんとされることが多いです。「は?何言ってんの?」みたいな。不思議がられるというより、冗談なのか本気で言ってるのか判断しかねているというような感じです。

私としては、自分自身の育児へ関わりたいという気持ちを優先した場合、仕事を辞めることが最善の選択だと思ったから辞めただけなのですが。それと、妻のキャリアを考えたときに私が「家庭に入る」方が合理的だったということもあります。正直、妻は私よりも給料がよかったですし、社会的にも私の仕事より意義あるものでしたし、なにより妻は仕事にやりがいを感じていましたから。

▼私が主夫を選んだ理由については過去にブログで書いています。

まあ、そんなこんなで主夫になって以降、いろんな人にいろんなことを言われるのですが、その中でもよくあるのが「そっかぁ、ヒモになったんだぁ」というやつです。さらっと、当たり前のようにヒモ呼ばわりされちゃうんですよね。これはおそらく主夫をやっている人には共感してもらえるだろう「あるある」だと思います。

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じゃあさ、ヒモってなによ

そもそもヒモ(漢字だと「紐」)ってどういう意味でしょうか。広辞苑によると、「女を働かせて金銭をみつがせている情夫」とあります。あの、ちょっとコレひどくないですか。

女を働かせて金銭をみつがせている情夫って。

これまで自分をヒモ呼ばわりしてきた失礼な輩の顔が思い出されて腹立ってきますね。

とりあえず私がヒモなのかどうか、考えてみます(虚しい)。

まず、「情夫」とは「愛人」とか「内縁関係にある男性」という意味です。私は結婚していますからこの時点でヒモの定義からは外れますね。つまり私をヒモと呼んでくる人は言葉を誤用していると言えます。

辞書的な意味とは別に、世間一般的なイメージとしては、「家事や育児もろくにしないで妻を働かせている夫」というニュアンスも含まれていると思います。私は家事も育児もやっているので世間的な意味でもヒモではない(はずです)。

では私(=主夫)をヒモと呼んでくる輩はなぜにそのような言葉を用いるのでしょうか。頭が悪いのでしょうか。

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主夫はジェンダーバイアスのリトマス紙?

面と向かってヒモ呼ばわりしてくるのはやっぱり学生時代の友人が多いですね。さすがに近しい間柄でないと人に向かってそんな失礼なことは言えないでしょうし。

面白いのが、ヒモとかジゴロとか言ってくる友人はかなりの確率で「保守的」な結婚観、男女観を持っている人が多いということです。「男は働いて女を養うべき」とか、「妻は一歩下がって夫を立てるべき」とか、「女の仕事は出産と子育てだ」とか、まあ私の感覚だとそれってセクシズムじゃないか?と思うほどに古臭い男女観・家族観がダダ漏れの人がほとんどだと実感しています。

逆に、「そうなんだ、そっちの方が合理的だしね」とか「ああ、全然いいんじゃない?」などと私が主夫であることに肯定的な返しをしてくれる人の多くはいわゆるジェンダーロールに囚われないフラットな考え方をしている人が多いです。

久々に学生時代の友達と集まるときなどに「ヒモ呼ばわりしてくる輩」がいたりすると憂鬱になります。私がいくら堂々と主夫やってるよと言ったところで、「お前ほんとヤバいよな」とか、私が答える前から半笑いで「今何やってるんだっけ?」とまるで私が人に言えない恥ずかしいことをしているかのように問いかけてくるのですから。

自分が主夫だと伝えた時のリアクションで相手のジェンダー意識が垣間見えるというのは、私にとって今後どういった人間と長く付き合っていけるか、付き合っていきたいかという判断にもつながります。過去の友人関係をふるいにかけ、整理整頓するといったところでしょうか。

私は在宅で仕事をしているので完全な専業主夫というわけではありませんが、育児に携わる時間は他のお父さんたちに比べて圧倒的に長いと思います。そのやりがいや楽しさ、大変さも理解しているつもりです。今私の生活の中心である家事・育児に関して、「そんなものは女の仕事だ。男がやるもんじゃない」といった考え方の人とは根本的に価値観が合わないので、もう会わなくていいやって思います。過去に同じ学校だったとか同じ部活だったとかそんな理由でいつまでもつるむ必要はないですし。

ジェンダーロールは可能性を狭める

「女はこうあるべき」とか「男はこうあるべき」とか、そういったジェンダーロール(性別役割分業)に縛られていると生き方が限定されてしまって色々な可能性を捨てることになってしまいますよね。

出産を機にキャリアを断念してしまう有能な女性が世の中に数多くいるというのは(私の周りにもいます)、とてももったいないことですし、社会的にも大きな損失でしょう。もしそれがジェンダーロールに縛られているが故の本人または家族の判断であったとしたら悲しいことです。

子どもが生まれたからといって、必ずしも夫の仕事を優先して妻が仕事から一歩引かなければならないわけではありません。共働きフルタイムで誰もが子育てできる社会環境が整っていない現状を考えれば、夫が妻のキャリアのために主夫を選ぶというのも全然ありだと思います。主夫と一口に言っても、専業主夫の場合もあれば、在宅で仕事をしたりパートで働いたりしながら家事・育児をメインで担うケースなど多様な形がありますし。

周囲の理解者が「主夫」を支える

自身の状況に引き寄せて考えれば、私たち夫婦は双方の実家も遠く、仕事の内容からいってもお互いフルタイムではとても育児などできるとは思えませんでした。と同時に、自分の仕事を優先することによって妻のキャリアを犠牲にするというのもあり得ないと私は思いました。そんなことをするのだったら、私が仕事から一歩引くべきだと考え、私が仕事をやめました。

退職後の周りの反応は予想していた通りではありましたが、やはり面と向かって「ヒモ」とか「ジゴロ」と言われると平静を保つのは難しいですね。と同時に、妻をはじめ少なからぬ理解者がいることが私にとって支えとなっていることも確かです。

以上、今回は「主夫はヒモじゃないよ!」と(特に主夫をしている方に向けて)訴えたかったので、今思っていること、考えていることを書いてみました。主夫のみなさん頑張りましょうね。

かつかつ主夫でした。

▼子育て関連の記事も書いてます。

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