『愛の不時着』に励まされた主夫の感想・レビュー

愛の不時着

ソン・イェジン、ヒョンビン主演の韓国ドラマ『愛の不時着』(사랑의 불시착)を観終わりました。以下、感想です。

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愛の不時着の感想

なんとなく古風な印象のタイトルを敬遠し、Netflixにおすすめされてもスルーし続けていた『愛の不時着』だが、観始めたらすぐにどハマリした。ハマった理由はたくさんある。魅力的なキャラクター、役者の演技、馴染みの薄い北朝鮮の暮らしとそこに生きる人々の描写、スケールの大きい舞台設定、過去の韓国ドラマへのオマージュ、シリアスさと笑いの絶妙なバランス、等々。まあとにかく面白い。1話が1時間半近くあり毎回見応えがあった。

このように数ある本作の魅力の中でも私が特に強調したいのは、ヒョンビン演じる北朝鮮の軍人、リ・ジョンヒョクの振る舞いである。

ケアする男、リ・ジョンヒョク

『愛の不時着』の主人公の一人、リ・ジョンヒョク中隊長は、パラグライダー事故で北朝鮮に「不時着」した化粧品企業セリズ・チョイスの社長ユン・セリ(ソン・イェジン)を母国に帰還させるために全力を尽くす。北朝鮮にいる間、ジョンヒョクは危険を省みることなくセリを徹底的に守ろうとする。高身長、高い身体能力、太平洋のように広い肩幅、かつ顔面の天才でもあるジョンヒョクは、一見すると既視感のある「理想の男像」をなぞったようなキャラクターだが、一方で彼はユン・セリの話を良く聞き、料理し、コーヒーを入れてくれる、他者をいたわる術を自然と身につけている男性でもある。セリが求めたシャンプーやリンス、アロマキャンドルを買うために市場に出向くこともあった。見知らぬ土地での暮らしを余儀なくされたセリの生活を支え、安らぎを与えるジョンヒョクは私の目にとても魅力的に映った。

ところで私は1日の大半の時間を家の中で過ごしている。家の中で何をしているかというと、主に家事である(一応仕事もしている)。主夫を自認している私は家事や育児を担う重要性を理解しているつもりだ。そんな私でも、ふと虚しくなることがある。心のどこかで、私のやっていることにどれだけの価値があるのだろうか?と疑心暗鬼になる。

主に家庭内の無償労働に従事する日々を過ごす人は自己肯定感を得るのが難しいように思う。家庭内における無償のケア労働は、その価値に見合った評価を受けてこなかったからだ。私自身、そのような社会的評価を内面化してしまっているのだろう。男性である私の場合、男は外で働くべき、金を稼ぐのが男の役目というジェンダーロールにも苦しめられているのだと自己分析している。

リ・ジョンヒョクは他者をケアする男である。そんなジョンヒョクの振る舞いは私が日々従事するケア労働に価値があるのだと思わせてくれた。自分と同じジェンダーの登場人物が他者をいたわりケアする姿に私は確かにエンパワメントされた。私の目には、ジョンヒョクがはちゃめちゃに強いことや良い家柄の出身であること、顔面の天才であることなどよりも、とにかくケアする男の格好良さを体現したその立ち居振る舞いが輝いて見えたのだ。

作品内で女性が貶められることがない

『愛の不時着』では女性が貶められる描写がほとんどない。この点にも私は魅力を感じた。

日本のドラマを観ていると、作品のストーリーとあまり関係ない部分でモヤモヤしたり怒りを覚えることが少なくない。女性の外見のジャッジ、容姿いじり、女性の身体に対する性的な言及というかセクハラ、男キャラの女キャラに対するナチュラルなお前呼び・・。これらに遭遇するたびに私はゲンナリさせられる。

『愛の不時着』ではそういった地雷を踏まずに済む。ジョンヒョクがユン・セリや他の女性に対しそのルックスを貶めたり、上から目線の粗暴な言葉を投げかけることなど皆無だ。ジョンヒョクの婚約者ソ・ダン(ソ・ジヘ)に恋するク・スンジュン(キム・ジョンヒョン)も女性を蔑む発言をすることはない。余計な心配をせず安心しながら作品世界に入り込めるのである。残念ながら日本産コンテンツでこのような作品に巡り合える機会はめったにない。

ソウル編の意図

ユン・セリとリ・ジョンヒョクの関係性についてもバランスが取れているように感じた。

ドラマの後半、リ・ジョンヒョクはユン・セリの殺害を企てるチョ・チョルガン少佐(オ・マンソク)を追ってソウルに向かう。ソウルでもジョンヒョクはユン・セリを守るためにめちゃめちゃに戦うのだが、セリもただ守られるだけではない。大企業の社長として韓国で富と名声を得ているユン・セリは「ソウルは私の庭」だと語り、ジョンヒョクはじめ彼の部下4人と耳野郎ことチョン・マンボクを自ら築き上げた財力を使い保護する。

最初は不自然にも感じられたソウルに舞台を移すというストーリー展開には、守られる女性、守る男性という古典的な構図を逆転させようという意図が感じられ納得できた。

個人的には、ユン・セリの暮らす高層マンションで一人の時間を過ごすリ・ジョンヒョクの姿にまた私自身の境遇を重ね合わせ親近感を覚えてしまったり。

「南北の分断」をコンテンツとして消費すること

ここ数週間、子どもが就寝した後に妻と『愛の不時着』を観ることが夜の楽しみになっていた。先行きの見えないパンデミック下でいっときの間すべてを忘れさせてくれる最高の娯楽であった。

しかし1つだけ心に留めておきたいことがある。それは本作の面白さの背景に南北の分断という現実があるということだ。

『愛の不時着』は38度線に阻まれる男女のロマンスが物語を推進させる主動力となっている。分断という現実が本作の面白さを際立たせる機能を果たしているのは間違いない。

同じ民族が異なる国に分かたれているという不幸な現状は、日本による朝鮮半島の植民地支配に起因する。この事実を踏まえるならば、日本人である私が歴史を忘却し本作をただ面白いコンテンツとして消費するというのは許されないことなのかもしれない。

私は本作をリピートしようと考えているが、このことについては自覚的でありたいし、分断の背景や歴史についてさらに知る努力をしたいとも思っている。

レビュー、インタビュー記事一覧

愛の不時着を完走した後、けっこうな数のレビューやインタビューを読みました。より深く作品とその背景を知ることのできる記事をいくつか紹介します。

▼レビュー記事

▼脱北者から見た愛の不時着について。脱北者のキム・アラさんは北朝鮮で暮らす女性として本作にも出演している

▼耳野郎ことチョン・マンボクを演じたキム・ヨンミンのインタビュー

▼文化を消費することについて

おまけ:お互いを褒めまくるヒョンビンとソン・イェジンの動画(字幕あり)

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