映画『百日紅』感想|杉浦日向子の原作を原恵一はどう描いたか

テアトル新宿で『百日紅 Miss HOKUSAI』を観ました。葛飾北斎の娘で浮世絵師の葛飾応為が主人公のアニメーション映画です。

監督・原恵一|原作・杉浦日向子

制作は押井守作品などを手掛けるProduction I.Gで、監督は『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』、『河童のクゥと夏休み』、『カラフル』などの原恵一。原作は漫画家で江戸風俗研究家でもある杉浦日向子の『百日紅』です。原監督は杉浦作品の大ファンだそうで、映画を作るにあたって相当なプレッシャーがあったとインタビューで答えています。

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声優・キャスト

主人公の葛飾応為(通称お栄)の声は女優の杏、父親の葛飾北斎の声は松重豊。この二人はドラマ『デート 〜恋とはどんなものかしら〜』以来の父娘役ですね。

その他、濱田岳、高良健吾、美保純、筒井道隆、麻生久美子などの俳優が各キャラクターの声を演じています。

高良健吾は『かぐや姫の物語』で捨丸役を演じています。ジブリもそうですが、声優を本職にしていない人を起用するというのが劇場公開用長編アニメーション映画の潮流になっているようです。ちなみに『千と千尋の神隠し』でハクの声をやっていた入野自由が劇中に登場する男娼の美青年・吉弥役を演じています。

では、以下感想を(多少のネタバレを含みます)。

映画『百日紅』感想

美しい江戸の街の再現

この作品の特徴は江戸の街を「見られる」ということでしょう。両国橋を行き交う人々、そこから眺める江戸の街並み、隅田川を渡る舟、夜の吉原等々が美しいアニメーションで描かれています。お栄と共に江戸の街を歩いたり走ったりしているような感覚を味わえます。

お栄が妹お猶を連れて散歩する場面があります。目の見えないお猶に雪の積もった情景や高台から眺める街の様子を語って聞かせるお栄。お栄の声を頼りに想像を膨らませているお猶の好奇心に満ちた表情は感動的でした。彼女の脳内スクリーンには江戸の街が生き生きと再現されているに違いありません。そして、映画館のスクリーンを見つめている観客はお猶と同じように現実を模倣した映像を見ています。私たちは二百年前の江戸の街を見ることはできないわけです。目の前に映し出されているのは過去存在しただろう光景のアニメーションによる再現です。決して眼で見ることのできないモノを見ようとする、感じようとするお猶の姿が観客の写し絵のように思えました。

葛飾応為の作品世界に通ずる映像表現

映像という点でいえば、光と闇の描き方に力点が置かれているように思いました。江戸時代の光源は火です。蝋燭や行灯、提灯によってなんとか灯りを確保していました。屋外、室内問わず蛍光灯の白い光に煌々と照らされている現代とは全く異なる光景がそこにはあったことでしょう。この作品では赤やオレンジの光と闇が絶妙に溶け合い、その美しい画から当時の空間が持っていた質感を伝えてくれます。また、この全体的に薄暗い世界が、今作に頻繁に登場する物の怪の類や、作中の北斎が囚われている病や死の恐怖に実在感を与えています。

今作の主人公葛飾応為という浮世絵師もまた、鮮烈な色彩感覚で光と闇を描いています。

上の絵は浮世絵太田記念美術館所蔵の『吉原夜景図』という応為の作品です。映画のエンドロールにも出てきます。この作品が今回の映画全体のモチーフになっているのではと思います。

原恵一監督は原作をリスペクトし過ぎ?

『百日紅 Miss HOKUSAI』は杉浦日向子の漫画が原作ということもあり、いくつかのショートエピソードをつなげて一本の映画にしたという印象があります。鑑賞後に少し物足りなさを感じる人もいるかもしれません。杉浦作品の大ファンである原恵一監督は少し原作をリスペクトし過ぎたのではないでしょうか。漫画から映画への翻訳・変換をもっと大胆に行った方が良かったのではと思います。

劇場公開用の長編映画として考えると作品全体を貫く軸のようなものがぼやけているように感じられました。同じように原作が漫画で短いエピソードを束ねた作りの作品として、高畑勲監督の『ホーホケキョ となりの山田くん』があります。この作品にも一つの大きな物語のようなものはないのですが、全体を貫くテーマとして「なるようになる」という楽観主義があります。当時(1999年)の閉塞した社会状況の中で敢えて牧歌的で楽天的な作品を送り出すところが高畑勲が持つ批評性だと思いますが、この『山田くん』はイラスト風の軽いタッチで描かれ(『火垂るの墓』や『おもひでぽろぽろ』とは正反対)、全体の雰囲気が非常にのんきです。つまり、テーマと手法が合致してるということです。この「なるようになる」という楽観主義が作品全体を貫く軸となり、ラストの「ケ・セラ・セラ」の合唱へと繋がるわけです。ここにショートエピソードの連なりを一本の映画に翻訳・転換する上手さがあるのだと思います。

『百日紅 Miss HOKUSAI』では、死や病への恐怖というものを作品全体の軸としてもっと強調しても良かった気がします。そうすれば作品により深みが増し、お猶のエピソードから得られるカタルシスも倍増したのではと思います。

構成面において多少の不満はあるものの(偉そう)、アニメーション作品で最も重要なのは絵の力だと個人的に思っているので、光と闇の描き方や鮮やかな色彩感覚といった葛飾応為作品の特徴が垣間見れる本作のアニメーション表現は素晴らしいと思います。この作品が二度目三度目の鑑賞に耐え得るだけの力を持った良作であることは間違いありません。

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アヌシー国際アニメーション映画祭の審査員賞を受賞

『百日紅』が世界最大規模のアニメーション映画祭である第39回アヌシー国際アニメーション映画祭の長編コンペティション部門審査員賞を受賞しました。

sarusuberi05▲出典:アニメ!アニメ!

ちなみに審査員賞とは、グランプリに相当するクリスタル賞(Cristal for a Feature Film)に次ぐ位置づけの賞とのことです。今回の映画祭では、岩井俊二監督の『花とアリス殺人事件』も期待を集めていましたが、受賞を逃しました。日本のアニメーションでは過去、1993年に宮崎駿監督の『紅の豚』が長編部門グランプリ、1995年に高畑勲監督の『平成狸合戦ぽんぽこ』が同じく長編部門グランプリ、2007年には細田守監督の『時をかける少女』が長編部門特別賞を受賞しています。原恵一監督も、2011年に『カラフル』で長編部門特別賞&観客賞を受賞しています。

『百日紅 Miss HOKUSAI』の授賞理由は、

「強い意志をもった女性と、芸術と創造の力を描いた素晴らしい作品」

とのことで、審査員全員一致の受賞だったそうです。

本作は今後、アヌシー国際アニメーション映画祭が開催されているフランスをはじめ、イギリスやドイツ、スペイン、香港など世界12の国と地域での公開が決定しています。

参考記事:映画.com

©2014-2015杉浦日向子・MS.HS/「百日紅」製作委員会

▼本作のブルーレイも発売されています。

▼杉浦日向子原作の『百日紅』はこちら。

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