ジェンダーニュートラルな子育てについて。

性別に捉われない子育てをしたい。そう思っている方は多いのではないでしょうか。

私もそんな親の一人ですが、難しさも感じています。

子どもたちの周りには服装から玩具、色、言葉遣い、振る舞い方等々、女の子と男の子を執拗に分けようとするジェンダー・ステレオタイプがあふれ返っています。

私は初めてベビー&キッズのおもちゃコーナーを訪れた際、男の子用、女の子用に明白に分断されている陳列棚を見てめまいがしました。

このような環境で性別に捉われずに子育てをしていくことは果たして可能なのでしょうか。

欧米での事例などを参照しながら考えてみたいと思います。

欧米におけるジェンダー・ニュートラルな子育て

スウェーデンの就学前教育

性別に捉われない、ジェンダー・ニュートラルな子育てに関して最も先進的だと思われるのがスウェーデンです。

スウェーデンでは1998年の教育法の改正により、性別に基づくステレオタイプをなくす取り組みが義務付けられ、2015年には王立学士院が編纂する辞書に彼(han)でも彼女(hon)でもない、性別を明示しない代名詞「hen」が追加されました。

そんなスウェーデンで注目されているのが、ジェンダー・ニュートラルな幼児教育を実践する就学前教育施設「エガリア」です。

この施設では、男の子、女の子という言葉を使うことはせず、子どもたちは名前または「hen」で呼ばれ、一般的に女の子用、男の子用とされる遊び道具はごちゃ混ぜにされています。

女児がミニカーで遊び男児が人形遊びをするのも当然のこととして受け入れられる一方、ジェンダーステレオタイプを押し付けるような絵本や歌は退けられ、同性カップルを登場させるなど多様性への配慮がなされています。

ジェンダーの垣根をなくそうとする取り組みはスウェーデン国内で激しい議論を呼んだようです。

▼「エガリア」の創設者ロッタ・ラジャリン(Lotta Rajalin)が登場したTEDTalksの動画。投稿されているコメントを見てもこれらの取り組みが物議を醸すものであることがよく分かります。

批判的な意見が多くある一方、エガリアの教育環境に賛同する声も多く、入園希望者は後を絶たないとのこと。

参照:Sweden’s ‘gender-neutral’ pre-school – BBC

子の性別を公にしなかったカナダの家族

ジェンダーニュートラルな子育てと一口に言っても、子どもの玩具や服装選び、絵本の内容に気を遣うレベルから、より徹底したものまで千差万別です。

2011年、生まれた子どもの性別をあえて公にしなかったあるカナダの家族はジェンダーニュートラルな子育てをかなり「徹底している」と言えるかもしれません。

Stormと名付けられた赤ちゃんの誕生に際し、両親であるKathy WitterickとDavid Stockerの二人は親戚や友人に向けたメールで、性別を公表しない旨を知らせました。

子ども自身に自らの性別を選ばせたいとの思いからの決断でしたが、カナダの新聞Toronto Starに記事が掲載されて以来、世界中で賛否の声が上がります。

そのほとんどが「子どもがかわいそう」「子どもを実験台にするな」「ひどい親だ」などといった親への非難、怒りの声でしたが、一方でこの決断を支持する人々もおり、このことをきっかけに似た考えを持つ親たちと出会うこともできたそうです。

KathyとDavidの3人の子どもたち(参照記事に写真がありますが、3人とも一般的なジェンダー規範に縛られない服装や髪型をしています)の性自認は、年長のJazzがトランスジェンダーの女の子、2番目のKioがノンバイナリージェンダー(non-binary gender)、そしてStormは今のところ「She」と呼ばれることを好んでいるとのこと。

参照:Baby Storm five years later: Preschooler on top of the world – thestar.com

子どもにとっての影響は?

欧米におけるジェンダーニュートラルな子育ての事例を紹介しましたが、議論になるのは、こういった育児の仕方が子どもにとって良いのか悪いのか、健全なのか不健全なのかということです。

ジェンダーニュートラルな育児について書かれたparents.comの記事によると、一般の人たちのみならず専門家の間でもその是非については意見が分かれるようです。

記事によると、ジェンダーに捉われない育児は不要なジェンダー規範から子どもを解放し可能性を拡げると考える専門家がいる一方、幼少期は男の子、女の子といった性別をはっきりと識別していく時期なので、ジェンダーニュートラルな育児は子どもを混乱させ、自分がどこか欠けた人間なのではないかといった欠乏感を抱かせてしまうと考える専門家もいるとのこと。

個人的には、子どもを混乱させたり欠乏感を抱かせるものがあるとしたら、それこそがジェンダー規範の弊害なのではと思ってしまいますが。

私はジェンダーニュートラルな育児に肯定的ですが、同じ記事でMarni Axelradという心理学者が「子どもを社会変革の道具として利用してはいけない。ジェンダーニュートラルな子育ては、あくまでも子ども自身のアイデンティティを育む手助けとしてなされるべきだ」といった趣旨のことを言っていて、これについては同意できます。

ただ、スウェーデンやカナダでジェンダーニュートラルな子育てを実践している人たちは社会変革の道具として子どもを利用しているようには思えません。

ジェンダー規範が子どもたちの成長を阻害し可能性を狭めてしまうと考えているからこその活動でしょう。

ジェンダー規範の押し付けが社会の至る所で見られる日本社会においても、ジェンダーニュートラルな子育てというコンセプトは大きな可能性を持っているように感じます。

参照:Should You Raise a Gender-neutral Baby? – parents.com

最後に|ジェンダーステレオタイプが溢れかえる世の中だからこそ

スウェーデンの学校の事例しかり子どもの性別を公表しない決断をしたカナダの夫婦の場合しかり、ジェンダーニュートラルな子育ては激しい議論を呼ぶものです(日本ではまだ大きな話題になっていませんが)。

これまで当たり前とされてきた価値観とは異なるやり方ですし、子どもの成長に関わることですから、議論になるのは当然でしょう。

ただ、個人的にはこういったトピックに対して世間が過剰に反応し過ぎなのではと思ってしまいます。

そもそもジェンダーステレオタイプが溢れかえる世の中で特定の学校や個々の家庭での取り組みが及ぼす影響というのは限定的ではないでしょうか。

子どもだって大人と同じように社会の中で生き、そこから大人の何倍もの影響を受けるわけです(中にはさほど受けない子もいると思いますが)。

私も娘と過ごす中で保育園のお友達や保育士の先生たちから彼女が受ける影響の大きさを実感していますし、娘の口から「女の子(男の子)なのに○○するのは変だよね」といった言葉を耳にすることもよくあります。

▼娘が3歳のときにはこんなこともありました。

ジェンダーギャップ指数世界114位のこの国では、放っておけば「女の子らしさ」「男の子らしさ」の呪いの言葉を浴び続けることでしょう。

だからせめて家庭内では、私と妻とで娘にかけられる様々な呪いの防波堤になりたいと思っています。