「主夫やってる」と言ったらさらっとヒモ呼ばわりされるというよくある話。

私は妻の妊娠を機に会社を辞め、以来、主夫として生活しています。不意に訪れる漠然とした不安と闘いつつも、それなりの充実感と満足を得ながらの主夫生活です。

▼私が主夫を選んだ理由については過去にブログで書いています。

なんだかんだで、もう4年以上主夫として生活しているのですが、未だに慣れないというか、居心地の悪い気分になることがあります。

たとえば、久々に会った人に「今なにしてるの?」と聞かれるのはなかなか面倒です。「仕事辞めて主夫やってるよ」とストレートに答えるとぽかんとされることが多く、「は?何言ってんの?」みたいな反応をされることもしばしば。

一番悲しいというか、虚しくなるというか、腹が立つのは、「そっかぁ、ヒモになったんだぁ」なんて言われたときです。さらっと、当たり前のようにヒモ呼ばわりされることがよくあるのです。世の中の主夫をやっている方の多くが経験していることかもしれません。

ということで、主夫は果たしてヒモなのかということについて(愚痴を交えながら)考えてみたいと思います。

ヒモとは?

そもそもヒモ(漢字だと「紐」)とはどういう意味でしょうか。広辞苑によると、「女を働かせて金銭をみつがせている情夫」とあります。ひどくないですか。

女を働かせて金銭をみつがせている情夫って。

これまで自分をヒモ呼ばわりしてきた失礼な輩の顔が思い出されます。

とりあえず、私がヒモなのかどうか、考えてみましょうか(虚しい)。

まず、情夫とは、愛人や内縁関係にある男性という意味です。私は妻と婚姻関係にありますからこの時点でヒモの定義からは外れます。つまり私をヒモと呼んでくる人は言葉を誤用していると言えます。

(内縁関係にある男性を情夫と呼ぶのもどうかと思いますが)

辞書的な意味とは別に、世の中の人がヒモという言葉に抱くイメージには、「家事や育児もろくにしないで妻を働かせている夫」というニュアンスも含まれているでしょう。私は家事も育児もやっているので世間的な意味でもヒモではない(はずです)。

では私(=主夫)をヒモと呼んでくる輩はなぜにそのような言葉を用いるのでしょうか。頭が悪いのでしょうか。

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主夫はジェンダーバイアスのリトマス紙?

面と向かってヒモ呼ばわりしてくるのはやはり学生時代の友人が多いです。さすがに近しい間柄でないと人に向かってそんな失礼なことは言えないでしょうし。

面白いのが、ヒモとかジゴロとか言ってくる友人はかなりの確率で「保守的」な結婚観、男女観を持っている人間だということです。直接的に言葉にしなくても、「男は働いて女を養うべき」「妻は一歩下がって夫を立てるべき」「出産と子育ては女の仕事」等々、セクシズム全開の古臭い男女観・家族観がダダ漏れの人間がほとんどだと実感しています。

逆に、「そうなんだ、そっちの方が合理的だしね」とか「ああ、全然いいんじゃない?」などと私が主夫であることに肯定的な返しをしてくれる人の多くはいわゆるジェンダーロールに囚われないフラットな考え方をしている人が多い印象です。

久々に学生時代の友人と集まるときなどに「ヒモ呼ばわりしてくる輩」がいたりすると憂鬱な気分になります。私がいくら堂々と主夫やってるよと言ったところで、「お前ほんとヤバいよな」とか、私が答える前から半笑いで「今何やってるんだっけ?」とまるで私が人に言えない恥ずかしいことをしているかのように問いかけてくるのですから。

自分が主夫だと伝えた時のリアクションで相手のジェンダー意識が垣間見えるというのは、私にとって今後どういった人間と長く付き合っていけるか、付き合っていきたいかという判断にもつながります。過去の友人関係をふるいにかけ、整理整頓するといったところでしょうか。

私は在宅で仕事をしているので完全な専業主夫というわけではありませんが、育児に携わる時間は他のお父さんたちに比べて圧倒的に長いと思います。そのやりがいや楽しさ、大変さも理解しているつもりです。今私の生活の中心である家事・育児に関して、「そんなものは女の仕事だ。男がやるもんじゃない」といった考え方の人とは根本的に価値観が合わないので、もう会わなくていいやと思います。過去に同じ学校だったとか同じ部活だったとかそんな理由でいつまでもつるむ必要はないですし。

ジェンダーロールは可能性を狭める

「女はこうあるべき」とか「男はこうあるべき」とか、そういったジェンダーロール(性別役割分業)に縛られていると生き方が限定されてしまい、様々な可能性を捨てることになります。

出産を機にキャリアを断念してしまう女性が世の中に多くいるというのは(私の周りにもいます)、とてももったいないことですし、社会的にも大きな損失でしょう。もしそれが、これまでの人生でジェンダーロールを周囲から押し付けられてきた故の本人または家族の判断であったとしたらこれほど理不尽なことはありません(多くの場合、夫婦間の家事・育児分担の偏りや男性の育児休業取得率の低さ、保育所の不足などが原因だと思われますが、当然、これらもジェンダーの問題を孕んでいます)。

子どもが生まれたからといって、必ずしも夫の仕事を優先して妻が仕事から一歩引かなければならないわけではありません。共働きフルタイムで誰もが子育てできる社会環境が整っていない現状を考えれば、夫が妻のキャリアのために主夫を選ぶというのも全然ありだと思います。主夫と一口に言っても、専業主夫の場合もあれば、在宅で仕事をしたりパートで働いたりしながら家事・育児をメインで担うケースなど多様な形がありますし。

周囲の理解が主夫を支えてくれる

自身の状況に引き寄せて考えれば、私たち夫婦は双方の実家も遠く、仕事の内容からいってもお互いフルタイムではとても育児などできるとは思えませんでした。と同時に、自分の仕事を優先することによって妻のキャリアを犠牲にするというのもあり得ないと私は思いました。そんなことをするのだったら、私が仕事から一歩引くべきだと考え、私が仕事をやめました。

退職後の周りの反応は予想していた通りではありましたが、やはり面と向かって「ヒモ」とか「ジゴロ」と言われると平静を保つのは難しいですね。一方で、妻をはじめ少なからぬ理解者がいることが私にとって支えとなっていることも確かです。

いつまで家事育児をメインで担う主夫としての生活を続けることになるかはわかりませんが、今は周囲の雑音に惑わされず一日一日を大切にして過ごしていけたらと思っています。

なんだか「主夫はヒモじゃないよ」と自分自身に延々言い聞かせるだけの内容になってしまいましたが、同じ境遇の方の参考に?なれば幸いです。

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