映画『メッセージ』感想|瞬間は結末を超越する

2017年5月19日(金)に公開された映画『メッセージ(原題:Arrival)』を観ました。アメリカでの公開は2016年11月11日、半年経ってようやくの日本公開ですね(遅い!)。※第29回東京国際映画祭で先行上映されてます。

アカデミー賞では作品賞や監督賞など8部門にノミネートされた本作。いわゆるファーストコンタクト物と言われるSF作品ですが、一方で誰もが自分の立場に引き寄せて思い巡らせてしまうだろう普遍的な主題も孕んでいます(私はニーチェの永劫回帰を連想しました)。

映画評論家の町山智浩氏や『この世界の片隅に』の片渕須直監督、『君の名は。』の新海誠監督、『攻殻機動隊』の押井守監督など、各方面からも非常に高い評価を受けています。

以下、映画『メッセージ』の感想評価、原作の内容、監督・キャスト情報などをまとめました。

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あらすじ・予告編

映画『メッセージ』あらすじ

ある日、正体不明の飛行物体(UFO)12体が世界各地に現れ、世界中が混乱する中、エイリアンとコミュニケーションをとるために言語学者ルイーズ・バンクス(エイミー・アダムス)は政府に協力を求められる。

ルイーズや数学者イアン(ジェレミー・レナー)を中心としたチームはヘプタポッドと名付けられたエイリアンが描く謎の言語の解読を通して、彼らがなぜ地球を訪れたのか、人類に何を伝えようとしているのかを探っていく。新たな言語の習得は、ルイーズに思いもよらぬ力を授け・・・

映画『メッセージ』予告編

原作はテッド・チャンの傑作SF小説

映画『メッセージ』の原作は中国系アメリカ人作家テッド・チャンの短編小説『あなたの人生の物語(Story of Your Life)』

ネビュラ賞(The Nebula Awards)やシオドア・スタージョン記念賞(Theodore Sturgeon Memorial Awards)など、優れたSF作品に贈られる権威ある賞を受賞した傑作SF短編小説です。

『あなたの人生の物語』は日本でも高く評価され、「SFマガジン」(早川書房)発表の「オールタイム・ベストSF」で堂々の1位に選ばれています(海外短編部門)。

監督&キャスト

監督はドゥニ・ヴィルヌーヴ

映画『メッセージ』の監督は、『灼熱の魂』(2010年)や『プリズナーズ』(2013年)のドゥニ・ヴィルヌーヴ

カナダ出身の映画監督で、リドリー・スコットの名作SF『ブレードランナー』(1982年)の続編として期待が高まる『ブレードランナー 2049』(2017年公開)の監督にも抜擢されています。

▼ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督から日本に向けてのメッセージ。魅力的な脚本の力で豪華キャストを集めることができたと語っています。

キャスト

エイミー・アダムス|ルイーズ・バンクス役

主人公の言語学者ルイーズ・バンクス役はエイミー・アダムス。これまで『ザ・マスター』、『アメリカン・ハッスル』などで計5回アカデミー賞にノミネートされています。

映画では娘を失う母親を演じている彼女ですが、私生活でも2010年に娘が生まれています。

ジェレミー・レナー|イアン・ドネリー役

ルイーズ・バンクスらとともに謎の宇宙船の調査に向かう数学者イアン・ドネリーを演じるのは『ハート・ロッカー』、『ザ・タウン』のジェレミー・レナー

『アベンジャーズ』シリーズのホークアイ役でもおなじみです。

フォレスト・ウィテカー|ウェバー大佐役

宇宙船の調査に向かうアメリカ軍のウェバー大佐役にフォレスト・ウィテカー

チャリー・パーカーを演じた映画『バード』でカンヌ国際映画祭男優賞を、『ラスト・キング・オブ・スコットランド』で第79回アカデミー賞主演男優賞を受賞しています。

マイケル・スタールバーグ|ハルペーン役

マークス大尉役にはマイケル・スタールバーグ

2009年のコーエン兄弟の映画『シリアスマン』で主役を演じた他、ウディ・アレンの『ブルージャスミン』、マーベル・スタジオの『ドクター・ストレンジ』にも出演しています。

ツィ・マー|シャン将軍役

謎の飛行物体に対して武力行使を主張する中国のシャン将軍役を香港出身の俳優ツィ・マー。数多くのハリウッド作品やテレビドラマに出演しています。

緊迫感ある場面で存在感のある演技を見せています。

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ヨハン・ヨハンソンが音楽を担当

映画『メッセージ』の音楽を担当するのは、アイスランドの作曲家ヨハン・ヨハンソン

これまでポスト・クラシカル、エレクトロニカなど様々なジャンルの音楽を手掛け、映画音楽の世界でも活躍しています。映画『博士と彼女のセオリー』(2014年)では、第72回ゴールデングローブ賞・作曲賞を受賞。

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督とは、『プリズナーズ』(2013年)、『ボーダーライン』(2015年)でもタッグを組んでいます(ヴィルヌーヴ監督の次回作『ブレードランナー 2049』でも音楽を担当)。

映画『メッセージ』感想

以下、映画を観た感想です。ネタバレを含みますのでご注意ください。

戦闘シーンが皆無のファーストコンタクトもの

映画『メッセージ』は、未知の知的生命体との接触、いわゆるファーストコンタクトを描いた作品ですが、「地球を植民地化しようとする未知のエイリアンと繰り広げられる壮大な戦闘シーン」なんてもの(インディペンデス・デイのような)を期待して観ると肩透かしをくらうので注意してください(予告編を観れば作品のテイストは伝わると思いますが)。派手な戦闘シーンは一切なく、エイリアンは基本的に非好戦的な存在として描かれます。

同系統の作品として私が思い浮かべたのは、同じくファーストコンタクトを描いたジョディ・フォスター主演、ロバート・ゼメキス監督作『コンタクト』です。

ちなみに両作とも日本の北海道が出てくるところにも共通点があります(『メッセージ』では地名のみ)。

新たな言語の獲得=世界観・知覚の変容

映画の中でキーとなるのは、ヘプタポッド(ギリシャ語に由来)と名づけられたタコのような形のエイリアン(町山智浩氏によると参考にした生き物はクラゲとのこと)が用いる言語です。表義文字と呼ばれるこの言語は前後左右の区別のない円環として描かれ、過去・現在・未来といった時制もありません。この言語の解読をきっかけとしてルイーズは過去から現在、未来へと線的に流れる時間の概念から解放され、未来に起こることを見通す力を手に入れます。

思考の基盤である言語の習得が新たな世界観・知覚の獲得に繋がるというサピア=ウォーフの仮説を根拠として描かれるこの変化は物語の中で重要な要素となっています。

バイリンガル、トリリンガルの人たちが「話す言葉によって性格が変わる」と言っているのを聞くことがありますが、感覚的にはそれに近いかもしれません。

ルイーズが新たな言語の習得により手に入れた武器(未来を見通す力)により、宇宙船に対する総攻撃(中国が各国の足並みを乱す好戦的な国として描かれるあたりはいかにもハリウッド的)の危機は回避されます。

武力衝突の危機を乗り越えるわけですが、本作が面白いのは、そういった人類全体に関わる「大きな物語」が描かれる一方で、「個人の物語」がテーマにもなっていることです。私はこのルイーズ・バンクスという女性とその娘にまつわる「個人の物語」に胸を揺さぶられました。

瞬間は結末を超越する

映画『メッセージ』では、冒頭から主人公ルイーズと娘との他愛ない日常の光景(テレンス・マリックを思わせるような美しい映像)が脈略なく挿入され、おそらくほとんどの観客はそれらを過去の回想と思って観ることになるのですが、映画の後半になるにつれ実はそれらが未来に生まれる娘と過ごした時間の断片であることが分かってきます。※原作のタイトル『あなたの人生の物語』の「あなた」とは、ルイーズの娘のことです。

そしてその断片の中には、若くして亡くなってしまう娘の亡骸が登場します。ルイーズは自分が結婚し娘を授かること、その娘が若くして亡くなること、それら未来に起こること全てを(ヘプタポッドの言語の習得により)知ってしまうのです。それでも彼女は、その未来を受け入れ、数学者のイアンと結婚し娘を生むことを選びます。

悲しい結末が訪れることを知りながら、それでも愛する者との出会いを選択する。それはつまり、辛い別れよりも共に過ごす時間の尊さに重きを置くということだと思います。そこに描かれているのは圧倒的な「生の肯定」です。

私は娘がいるのですが、途中からもう色々な感情が溢れてきてしまって大変でした。自分の人生に引き付けてこれほど考えさせられるSF映画というのはなかなかないのではないでしょうか。

映画を観終わった後もああでもないこうでもないと頭の中をグルグルさせながら思考実験を繰り返していますが、しばらくこの状態は続きそうです。

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メッセージの感想&評価まとめ

映画監督・評論家の感想は?

映画『メッセージ』は映画監督や評論家から高い評価を受けています。以下、コメントを紹介します。

片渕須直(『この世界の片隅に』監督)

自分自身の人生に直接向かって来る映画。いつも頭上を覆う鈍い曇り空も、未知のものに触れる取り返しのつかない痛みも、そしてたぶん僕が立つ何か意味があるのだろうと思える愛おしさも。

押井守(『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』監督)

今年一番。本物のSF映画。間違いなく10年経っても観られる映画だし、残すべき映画。

新海誠(『君の名は。』監督)

テッド・チャンの名作『あなたの人生の物語』の、想像よりもずっと誠実な映画化。ヘプタポッドのあの表義文字がスクリーンに現れた時の感動…..!とても素敵な映画でした。良かった。好きです。

前田真宏監督(『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』監督)

わたしのことば
あなたのことば
ことばは橋かな
それとも暗い穴かな
それはあなたの世界の広がり
それはわたしのこころの深さ
これは、あなたの物語
これは、私たちみんなの物語

大友啓史(『るろうに剣心』監督)

未知の言語体験から人類は何を発見するのか。ドゥニ・ヴィルヌーヴが、断絶と対立の時代に向けて放つ渾身の「メッセージ」。

樋口真嗣(『シン・ゴジラ』監督)

凄い。
物語の紡ぎ方、語り方、物語の中に込める正しい志。
どこをとっても未来を向いている。
本当に凄い。

斎藤工(俳優・『blank13』監督)

世界情勢が緊迫している中、人間同士が行う戦争の意味と、そこでの摩擦を乗り越える術をエイリアンに教えてもらった。今のタイミングで公開されることは、運命的に受け入れなければいけないし、各国のトップにこの映画を観て理解してもらえれば、世界中が平和になると思う。

山崎直子(宇宙飛行士)

娘ハンナの名前に込められた意味。
12分割で届けられた「メッセージ」の意味。
それらに気づいた時、
この広大な宇宙に耳を澄ませたくなるでしょう。

▼シン・ゴジラの樋口、攻殻機動隊の押井、ヱヴァQの前田、3人のSF映画監督のメッセージ付き特別映像が公開されています。

▼映画評論家の町山智浩氏も『メッセージ』を絶賛しています。作品の背景知識や疑問点について分かりやすく解説した動画が公開されているので興味のある方はどうぞ。※もろにネタバレがあります。音声が少し聞きづらいです。

海外の評価は?Rotten Tomatoesの支持率

映画批評サイトRotten Tomatoesでは、批評家支持率93%観客支持率82%という高い評価を得ています(2017年5月27日現在)。

いくつか印象に残ったレビューを引用します。

野心的なコンセプトとそれを実現する並外れた制作力。今年のベストムービーがやってきた(arrived)。
Christopher Orr – The Atlantic

SF映画のスペクタクルとアート映画の想像力を絶妙なバランスで成立させた作品。
Rain Jokinen – SFist

言葉というものの本質をこれだけ完璧な形で検証し得た映画はこの作品以外に存在しない。
Felix Vasquez Jr. – Cinema Crazed

アカデミー賞では8部門にノミネート

第89回アカデミー賞では、作品賞・監督賞・脚色賞・撮影賞・美術賞他、8部門にノミネート。音響編集賞を受賞しました。

また、第70回英国アカデミー賞では、作品賞・監督賞・主演女優賞他、9部門にノミネートされ、音響賞を受賞しています。