子育てをポジティブな言葉で彩る必要はないと思う。

イヤイヤ期を前向きな言葉に呼び変えようという提案を朝日新聞が行なっているのを知りました。

きっかけは2018年4月3日付朝日新聞「声」欄に載った以下の投稿(要約)とのこと。

カウンセラー、永瀬春美さん 

認知症当事者の思いに添って「徘徊(はいかい)」という言葉を見直す動きがあることを知り、子どもの「イヤイヤ期」も同じ構図だと気づきました。

2歳前後に始まるイヤイヤは、「自分で決めて自分でしたい」という素晴らしい成長の姿なのに、大人には「反抗」に見え、「言うことを聞くようにしつけなければならない」という誤解があるように思います。

「イヤイヤ期」という大人サイドの呼び方、変えませんか。

引用:「イヤイヤ期」別の呼び方が良い? 子の反抗と考えずに

この投稿に呼応する形で、朝日新聞はイヤイヤ期に変わる言葉を募集したところ、500件以上の案が集まったそうです。

私は「イヤイヤ期」という言葉を変える必要はないと思いますし、今回の朝日新聞の提案には違和感を覚えます。

以下、その理由について書いていきます。

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イヤイヤ期という言葉の成り立ち

イヤイヤ期という呼び名を変える必要はないと思う理由を説明する前に、まずはこの言葉がどのような経緯で使われるようになったのかについて振り返っておきます。

もともとイヤイヤ期という言葉は第一次反抗期という心理学用語を言い換えたものです。

親の要求に対して幼児が「いや!」とか「やだ!」と拒否するのは、彼彼女らが自己主張できるようになったことを示す成長の証であり、それを「反抗」と呼ぶは大人側の一方的な見方だろうということで、10数年前から第一次反抗期の代替として「イヤイヤ期」という言葉が一般に広まったと言われています。

今回の「イヤイヤ期を別の呼び方にしませんか」という提案はこの流れをさらに一歩進めて、より子どもに寄り添った視点からの呼称を考えようということなのでしょう。

イヤイヤ期は大人目線の言葉か

第一次反抗期という言葉が大人目線であるというのは分かるのですが、イヤイヤ期という言葉はこの時期の子どもが連発する「いや!」というフレーズからきており、大人側の主観がそれほど反映されているようには思えません。

こちらの要求を拒絶するような態度それ自体を「イヤイヤ」と呼んでいる側面もあり、それは確かに大人サイドの捉え方だと言えると思いますが、一方で、語彙の少ない幼児が実際によく使う言葉でもあるわけです。

幼児の発するイヤイヤという行動、発言をある程度客観的に表した言葉が「イヤイヤ期」だと思います。

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過酷な日本の育児環境を考えると・・

ワンオペ育児、長時間労働、待機児童問題等、日本の子育て環境は問題が山積みです。

「孤育て」などという言葉もあるように、小さな子どもと四六時中一緒で孤独に育児をせざるをえない状況の親・保護者(多くの場合母親)がたくさんいます。

仕事などで時間に追われる日々を送っていると、子どもにじっくりと付き合ってあげる余裕もなかなか持つことができません。

特にイヤイヤ期は親・保護者にとってイライラが募る時期です。はたしてこのような状況で子どもの気持ちに寄り添った言葉の使用(大人視点から子ども視点の考え方への転換)により親の悩みが軽くなるなどということはあるのでしょうか。

朝日新聞に寄せられたイヤイヤ期を言い換える呼称には以下のようなものがあります。

最多が「めばえ期」、次いで「自分で期」、「やるやる期」、ほかにも「俺できるから任しとけ期」「2歳の独立宣言期」「ちゃうちゃう期」といった提案があった。

引用:イヤイヤ期よりブラブラ期…学者提案に保育現場から反響

いずれも自己の芽生えに着目したものや、なんでも自分でやりたがる子どもの気持ちに寄り添う言葉です。

子どものイヤイヤ行動の捉え方をこのように変えることによって、悩みが少し軽くなることはあるかもしれません。

でもそれは一瞬のことでしょう。

「個人の気持ちの持ちよう」ではどうにもならないほど、子育て中の親・保護者、子ども達を取り巻く環境は過酷です。少なくとも私はそのような実感を持っています。

子育て中の親・保護者が必要としている言葉

子育て中の親や保護者が必要としている言葉というのは、日々の悩みやストレス、イライラを吐き出せる言葉ではないでしょうか。

少し毒づいたり、弱音を吐いたり、愚痴ったり。

イヤイヤ期という言葉は、そんなときにとても便利ですし、自己主張の激しくなるこの時期の子どもの呼称として決して不適切ではないと思います。

ポジティブな言葉ばかりでは息がつまる

イヤイヤ期とちょうど重なる2歳、3歳頃の子どもを魔の2歳児悪魔の3歳児などと呼ぶことがあります。

英語ではterrible twos(ひどい2歳児) とかthreenager(反抗的な時期であるteenagerとthreeをかけた言葉)などとも言いますね。

他にも、日本では「天使の4歳」と呼ばれることのある4歳児が、英語圏では「Fournado(fourと竜巻を意味するtornadoの合成語)」とか「The F-ing Fours(放送禁止用語のいわゆるFワードと4歳を組み合わせた造語です笑)」と呼ばれたりします。

どれも子のイヤイヤ、自己主張、癇癪に(うんざりするほど)大変な思いをしている親・保護者の気持ちを代弁するものです。

一見すると「子どもに対して使うにはひどい言葉だ」と感じる人がいるかもしれませんが、これらはある種のユーモアです。

まるで「戦争のよう」と形容したくなるほどに忙しなく過ぎる毎日の育児と少し距離を置き、ディスすることによって毒抜きをする。それくらいの「下品さ」は許容されてしかるべきではないでしょうか。

子どもに対してポジティブな言葉ばかり使うことを求められたら今以上に親・保護者はイライラを溜め込んで追い込まれます。たまには毒づきたくなる親の気持ちを代弁する言葉に対して、もう少し社会が寛容さを持ってくれることを願っています。

ということで、私がイヤイヤ期という言葉を呼び変える必要はないと考える理由について長々と書いてみました。同じように感じている方もきっと多いと思うのですが、いかがでしょうか。

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