渋谷のシアター・イメージフォーラムでユーリー・ノルシュテイン監督の特集上映「アニメーションの神様、その美しき世界」を観賞してきました。
スタジオジブリの高畑勲、宮崎駿ら世界中のアニメーター、映画監督から尊敬を集めるユーリー・ノルシュテイン。今回上映されたのは、代表作の『霧につつまれたハリネズミ』やアニメ史に残る傑作と言われる『話の話』など全6作品。フィルム撮影による揺れやノイズが取り払われた2K修復版での上映です。
以下、ノルシュテイン監督の略歴、全6作品の感想、作品情報などをまとめました。
ユーリー・ノルシュテイン|略歴
ユーリー・ノルシュテインは、第二次世界大戦真っ只中の1941年、疎開していたペンザ州ゴロヴィンシチェンスキー地区アンドレエフカ村で生まれました。
画家を目指して美大を受験するも不合格となり、一時は家具職人として働いていました。1959年、ソユーズムリトフィルム(連邦動画撮影所)の就職試験に合格。代表作に『チェブラーシカ』などがあるロマン・カチャーノフ監督らの下で作品制作に携わり、1968年、『25日・最初の日』で監督デビュー。その後も同撮影所で『霧の中のハリネズミ』や『話の話』などを制作しました。
1989年に撮影所を退職してからは、自身のスタジオ「ノルシュテイン・スタジオ・アルテ」を開設し、コマーシャルやテレビ番組用のアニメーション作品などを制作。
ソユーズムリトフィルムを退職する原因ともなったロシアの作家ゴーゴリ原作の『外套』の制作を1981年から続けているものの未だに完成していません。
感想と作品紹介
今回上映されたのは、ソユーズムリトフィルム(連邦動画撮影所)時代に監督した6作品。全て旧ソ連時代に作られた作品です。
※以下、掲載画像は予告編より
25日・最初の日
『25日・最初の日』(1968年・10分)は、ノルシュテインの監督デビュー作(美術監督アルカージィ・チューリンとの共作)。1917年10月、ロシア革命の「最初の日」である「25日」が作品タイトルになっています。
ロシア・アヴァンギャルドアートと呼ばれる1920年代の前衛芸術を基盤に作品は作られました。キュビスム風に描かれた街は、フランスの画家ジョルジュ・ブラックの絵がモチーフとなっています。
ソ連の作曲家ショスターコヴィッチの交響曲11番、12番が流れる中、赤く塗り潰された労働者が資本家や聖職者らに突進していく様が躍動的に描かれます。随所に「すべての権力をソビエトへ!」と書かれた旗が現れ、現代から遡ること100年前の革命の記憶が生々しく呼び覚まされます。
ケルジェネツの戦い
『ケルジェネツの戦い』(1971年・10分)は、988年のロシアとタタールの間で行われた戦いを描いた迫力ある作品です。
中世のフレスコ画から切り取られた人々が躍動する映像はまさに動く美術作品。今では浮世絵などの歴史的な絵画に描かれた人物を抜き出し、CGで動いているように見せるアニメーションはそれほど珍しくありませんが、当時の技術でこれを作ったというのは驚きです。
10分と短い作品ですが、切り絵の手法で作られた本作が完成までに相当な労力を要したであろうことは想像に難くありません。
キツネとウサギ
『キツネとウサギ』(1973年・10分)は、ロシアの民俗学者ウラジーミル・ダーリの民話を原案として子ども向けに作られた作品。ノルシュテインにとって初めての単独監督作品です。
キツネに大切な家を奪われたウサギ。彼を助けようと狼や熊、雄牛などの動物がキツネに立ち向かうもののことごとく敗れ去ります。最後に現れた勇敢な雄鶏がキツネを追い出し、家を取り戻したウサギと共にそこに暮らすという話です。
家を奪い取ったキツネの執着と凶暴さ、家を奪われたウサギが楽しかった思い出を回想する際に見せる悲しげな表情、雄鶏の尋常じゃない勇敢さが印象的でした。
自分の家でもないのに全力でキツネに立ち向かう雄鶏のモチベーションは一体どこから来たんでしょうかね。あまりの戦闘の激しさ、熱さに笑ってしまいました。
ちなみに自然界では捕食者と獲物という関係のキツネとウサギは、イソップ寓話などにも出てきますね。ディズニーのズートピアでは従来の敵対的な関係性を逆転させてバディ(相棒)として描くところに面白さがありました。
アオサギとツル
『アオサギとツル』(1974年・10分)は前作『キツネとウサギ』と同じくウラジーミル・ダーリの民話を原案とした話。
葛飾北斎、歌川広重の版画、水墨画を参考にしたという美しい情景の中、廃墟と化した貴族の館を舞台になかなか前に進まないアオサギとツルの恋模様が描かれています。
相手からのプロポーズを無下に断り、それを後悔してアプローチすると今度は相手に断られる、相手が再び近づいてくるとまたそれを遠ざけ、といったことを繰り返すアオサギとツル。誰しもが共感しうるだろう天邪鬼な心理描写、じれったさを感じるとともに永遠にこの距離を保っていてほしいという願望も湧き上がってくる話でした。
版画や水墨画を思わせるシンプルな色彩の中、遠くに上がる花火を眺める場面がとても美しかったです。
霧の中のハリネズミ
ノルシュテイン作品の中で最も人々に愛されている『霧の中のハリネズミ』(1975年・10分)。セルゲイ・コズロフの同名の著書が原作です。
主人公の可愛らしいハリネズミが夜の森の中でいまだかつて経験したことのない状況に陥り、この世界の不思議と美しさを知る物語には、白馬やミミズク、犬、魚、子グマなど様々なキャラクターが登場します。
ハリネズミが未知なるものと出会ったときに見せる目を見開いた驚きの表情。川に落ち、何かを悟ったかのように「ただ身を任せて流される」ことに決める受け身の姿。仰向けで流される彼の目に映る神秘的な白馬の顔。ようやく子グマの元にたどり着き一緒に星を眺める二人の背中と美しい夜空、影絵のような家と木々。未知の体験をするハリネズミと同じような緊張感の中、画面の隅々にまで目を凝らした濃密の10分間でした。
「子グマにラズベリーのジャムを持っていく」というハリネズミの目的と、やっとの思いで辿り着いた末の「子グマとサモワールで淹れたお茶を飲みながら語らい、夜空の星を数える」という結末は、なんとも心温まります。
話の話
『話の話』(1979年・29分)は、アニメーション史に残るノルシュテインの最高傑作と言われる作品。タイトルは20世紀トルコの詩人ナーズム・ヒクメットの同名の詩から。
ノルシュテインの自伝的要素が色濃く反映された作品と言われ、自身が生まれ育った木造アパートや戦争の記憶が断片的に描かれます。
オオカミの子どもやウトウトと眠りにつこうとする赤ん坊、リンゴを食べる少年、詩人、ベンチに座る男女、ダンスパーティーから一人また一人と消える男たち、戦死を知らせる通知、女の子と長縄跳びをする巨大な顔を持つ牛、背後に泳ぐ巨大な魚、明瞭な色を持つ現代の自動車等々、さまざまな断片的なイメージが錯綜するように画面に登場します。
オオカミの子どもが森の中で揺りかごの中の赤ん坊を必死にあやす姿など、クスッと笑ってしまう場面もあります。
ストーリーはあってないようなもので、多様な解釈が成り立つ作品だと思う一方、すべての場面が強烈な印象を残しては消えていき、反復され、ただただ目の前の画面に見入り堪能するだけで十分な解釈不要な作品とも言えるかもしれません。脈略なく断片的なイメージが連なる「人の記憶そのもの」のような作品です。
▼ユーリー・ノルシュテイン監督特集上映「アニメーションの神様、その美しき世界」予告編
上映館情報
ユーリー・ノルシュテイン監督特集上映「アニメーションの神様、その美しき世界」は、全国の映画館で順次公開されます。
東京:シアター・イメージフォーラム 2016年12月10月(土)~
大阪:シネ・リーブル梅田 2016年12月31日(土)~
名古屋:名古屋シネマテーク 2017年1月2日(月)~
京都:京都シネマ 2017年1月14日(土)~
神戸:元町映画館 2017年1月
札幌:シアターキノ 2017年2月25日(土)~
大分:シネマ5 2017年1月1日(日)〜9日(月)
松本:松本シネマセレクト 2017年1月15日(日),3月26日(日)
福岡:KBCシネマ 近日公開
▼詳細は、今回の特集上映の公式HPでご覧ください。
http://www.imagica-bs.com/norshteyn/
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